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大阪地方裁判所 平成7年(わ)1282号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中二六〇日を右刑に算入する。

押収してあるチャック付きポリ袋入り覚せい剤八袋(平成七年押第八九七号の1、2、8、9、29ないし31、34)、ポリ袋入り覚せい剤二〇袋(同号の3ないし7、13ないし27)、チャック付きポリ袋入り乾燥大麻三袋(同号の10ないし12)、メモ紙包みの覚せい剤一包(同号の28)、チャック付きポリ袋入り大麻一袋(同号の32)、チャック付きポリ袋入り大麻樹脂一袋(同号の33)、チャック付きポリ袋入りコカイン一袋(同号の35)を没収する。

被告人から金二五万円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  法定の除外事由がないのに、平成六年八月一日ころ、大阪市中央区島之内一丁目〈住所略〉所在の島之内双葉プラザ四〇五号室において、フェニルメチルアミノプロパンの塩類を含有する覚せい剤結晶約0.06グラムを水に溶かして自己の身体に注射し、もって、覚せい剤を使用した

第二  同月二日午後八時二〇分ころ、同市浪速区日本橋五丁目二番二二号平川方北西角路上に駐車中の普通乗用自動車内において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶約10.482グラム(平成七年押第八九七号の1ないし9はその鑑定残量)、乾燥大麻約102.891グラム(同号の10ないし12はその鑑定残量)をそれぞれみだりに所持した

第三  Bと共謀の上、みだりに、同年一一月二八日ころの午後一一時五〇分ころ、同市西区北堀江三丁目一一番二四号所在のレストラン「ロイヤルホストあみだ池店」内において、Eに対し、乾燥大麻約一〇〇グラムを二五万円で譲り渡した。

第四  法定の除外事由がないのに、同七年四月一一日午後一一時ころ、同市港区弁天一丁目二番一号所在の三井アーバンホテル大阪ベイタワー四七一〇号室において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶約0.06グラムを水に溶かして自己の身体に注射し、もって、覚せい剤を使用した

第五  Tと共謀の上、法定の除外事由がないのに、同日午後一一時二五分ころ、同ホテル四七〇九号室において、前同様の覚せい剤結晶約0.03グラムを水にとかし、被告人において右Tに注射し、もって、覚せい剤を使用した

第六  同月一二日午前一〇時九分ころ、同ホテル四七一〇号室において、前同様の覚せい剤結晶約23.272グラム(平成七年押第八九七号の13ないし31、34はその鑑定残量)、乾燥大麻約1.146グラム(同号の32はその鑑定残量)、大麻樹脂約5.031グラム(同号の33はその鑑定残量)、麻薬であるコカイン塩酸塩約0.941グラム(同号の35はその鑑定残量)をそれぞれみだりに所持した

ものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(事実認定についての補足説明)

第一  判示第二の事実(平成七年一〇月三〇日付起訴状公訴事実第一に対応するもの)について

一  本件公訴事実は、「被告人は、平成六年八月二日午後八時二〇分ころ、大阪市浪速区日本橋五丁目二番二二号平川方北西角路上に駐車中の普通乗用自動車内において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶約2.796グラム、乾燥大麻約5.814グラムをそれぞれみだりに所持するとともに、営利の目的で、前同様の覚せい剤約7.686グラム、前同様の大麻約97.077グラムを各みだりに所持したものである。」というものである。

当裁判所は、被告人が右覚せい剤約7.686グラム及び大麻約97.077グラムを所持したことについて、被告人に営利の目的があったとするには、合理的な疑いがあると判断して、これを認定しなかったので、以下、その理由について補足して説明することとする。

二  本件覚せい剤、大麻等の所持の状況について

1 被告人は、判示第二記載の日時場所において、ピンク色の小物入れ内に①チャック付ポリ袋入り覚せい剤二袋(約1.345グラムと約3.441グラムの合計約4.786グラム)を(司法巡査作成の写真撮影報告書〔検八六〕の写真第3、4号)、紙箱内に②ポリ袋入り覚せい剤五袋(約2.9グラム)を(同第5、6号)、蓋付スライド缶内に③チャック付ポリ袋入り覚せい剤二袋(約2.796グラム)を(同第7、8号)、黒色紙袋内に④チャック付ポリ袋入り乾燥大麻二袋(約5.814グラム)を(同第27号)、封筒内に⑤チャック付ポリ袋入り乾燥大麻一袋(約97.077グラム)を(同第28号)それぞれ入れ、これら全てを茶色セカンドバックに入れて所持していた(以下では、右の各薬物をそれぞれ①ないし⑤の記号で示すこととする。)。

2 被告人が所持していた覚せい剤のうち、①と③の結晶はいずれも他のポリ袋に入った覚せい剤の結晶よりも大粒のものであり、①の結晶は小指頭大位の大きさで、結晶が小豆大位の大きさの③よりも粒がさらに大きいものであった。

3 また、②の覚せい剤五袋はいずれもチャックのないポリ袋に入れられており、その結晶はいずれも粒が細かいものである。そのうち四袋にはそれぞれ0.7グラム前後(すなわち、約0.612グラム、約0.696グラム、約0.726グラム、約0.663グラム)の覚せい剤が入っていたのに対し、残りの一袋には約0.203グラムしか入っていなかった(技術吏員南幸男作成の平成六年八月二九日付け鑑定書〔検八八〕)。

4 このほか、右バック内には、チャック付ポリ袋入りのチャック付ポリ袋二袋、前記紙箱に入ったポリ袋二枚、白色ケース一個(ガラス製注射筒一本、注射針二本、ケース付注射針一本在中)、赤色缶一個(金属製器具一個、タバコ巻紙入り紙箱一箱、アンプル六本在中)、計量器、包装入り注射筒三本、包装入りケース付注射針二本、プラスチック製スプーン一本、紙製手製スプーン一個、はさみ一個、ポリ袋五袋、ポリ片一枚等も入っていた。

三  ところで、検察官は、右①及び②の覚せい剤並びに⑤の乾燥大麻について、被告人が営利の目的で所持した旨主張するものであるところ、右①の覚せい剤の量は合計で約4.786グラムであり、二袋に分けられている上、そのうちの一袋の量は約3.441グラムと他のポリ袋に入った覚せい剤の量に比べて格段に多く、②の覚せい剤は五袋に小分けされており、一袋を除いてその量がほぼ0.7グラムと均一であり、さらに被告人は計量器や多数のポリ袋等の薬物密売人に特有の小分け道具を所持しており、また⑤の大麻は一〇〇グラム近くもの大量であるばかりか、捜査段階の当初において作成された被告人の供述調書中には、「私が一回に買ったシャブで一番多かったのは二〇グラム三〇万円であったと記憶しています。そして私はこのシャブを自分で射ったり、顔見知りの者には小分けして売ってやったりしていた。」(司法警察員に対する平成七年四月一七日付供述調書、検一五七)、「自分で使うシャブの代金も馬鹿になりませんので、自分の射ち代さえ浮けばということで、シャブや草を売り捌く様になった次第です。」(司法警察員に対する同年六月九日付供述調書、検一五八)、「シャブや草を客に足代を取って営利でやっていたのです。」「私が使用したシャブは私が仕入れて射ち代として浮かしたものです。」(検察官に対する同年六月二三日付供述調書、検一六一)とのそれぞれ供述記載があるのであって、このような被告人の覚せい剤や大麻の所持の形態や状況と被告人の右各供述だけを総合すると、右①及び②の各覚せい剤、並びに⑤の大麻は、被告人が営利の目的で所持していたとの疑いが存しないわけではない。

しかしながら、被告人は公判廷において所持していた覚せい剤や大麻について営利目的を否定する供述をしているだけでなく、捜査段階における検察官の取調べにおいても、所持していた覚せい剤や大麻は、人に売って利益を得るために所持していたものではない、只でやったり原価で売ってやったことはあるが原価より高く売ったことはないなどと供述し、営利目的の存在を否定する供述をくり返しているので、以下、①及び②の各覚せい剤、⑤の大麻の各所持について、各別に営利目的性の存否を検討することとする。

四  ①の覚せい剤の所持の営利目的性について

被告人は、①の覚せい剤について、結晶が大粒で珍しかったことから大事にとっていたものである旨供述しているところ、前記認定のとおり、被告人は、①の覚せい剤の他にも、それよりもやや小粒ではあるが②の五袋のポリ袋入り覚せい剤よりも結晶の大きい③の覚せい剤も選り分けて別に所持しており、この③の覚せい剤について、大きめの結晶は覚せい剤の薬効が高いので特に選別して自己使用分として分け、別のチャック付のポリ袋に入れ直していた旨供述していること、被告人は後述のとおり、判示第六の犯行の時点においても、結晶の大きい覚せい剤を選別して所持していたのであって、これらの事実を考え合わせると、被告人は粒の大きい①及び③の覚せい剤を特に自分で使用する分として別に分けて所持していたと認められ、被告人のこの供述もあながち否定することはできないうえ、事実、検察官も③の覚せい剤については営利目的で所持していたものとしては起訴していないのである。

そうすると、①の覚せい剤を被告人が営利の目的で所持していたとすることには合理的な疑いがあるものといわなければならない。

五  ②の覚せい剤所持の営利目的性について

被告人は、②の覚せい剤について、Aにたのまれて買ったもので、このうちの二袋か三袋については同人に分けてやり、その残りは自分で使用するつもりで所持していたものである旨の供述をしているところ、前記認定のとおり、②の覚せい剤五袋の中には、覚せい剤が約0.203グラムしか入っていないポリ袋入り一袋もある上、また、②の覚せい剤と同じ空箱内には空のポリ袋二袋も入っていたのであって、他の四袋の覚せい剤の量に照らすと右一袋の覚せい剤は、被告人が実際に使用した残りであるとも考えられるし、空のポリ袋もそれが発見された状況等に照らすと、使用後のものと考えられなくないのであって、被告人の弁解をあながち排斥することはできない。被告人の右弁解にはそれ相当の裏付けや合理性がある。

もっとも、Aは、捜査官に対し、被告人に覚せい剤を買うよう頼んだことはない旨供述し、被告人の右弁解に反するものとなっているが、証拠によれば、同人は、本件直前に自分一人で犯したクレジットカード詐欺事件の責任を被告人になすりつけていたことが認められるのであって(司法警察員作成の現行犯人逮捕手続書〔謄本、検六八〕)、右事実に照らすと、Aが本件についてもかかわりあいになることをおそれて虚偽の供述をしていることも考えられ、被告人の右弁解がAの右供述に反するからといって直ちにこれを虚偽であると断ずることはできない。

そして、被告人の前記の密売を認める趣旨にとれる供述も、密売開始時期が本件より前なのか後なのか明確でない等あいまいな部分があり、また、密売の態様やその利益に関する部分も具体性に乏しく、内容にも変遷もみられる上、被告人の供述によれば、被告人は平成六年四月ころ覚せい剤を初めて使用し、覚せい剤と関わりを持つようになったというのであって、そのような被告人がわずか四か月しか経過していない本件当時に覚せい剤を知人のみならず見知らぬ客にも密売をしていたとするのもいささか不自然であって、被告人の右供述の信用性には疑問があるというべきである。

そうすると、②の覚せい剤の所持についての被告人の弁解を排斥することはできず、したがって、被告人が右覚せい剤を営利の目的で所持したとすることにはなお合理的疑いが残ると言わざるを得ず、右営利目的の証明は十分とはいえないと言うべきである。

六  ⑤の大麻の営利性について

被告人は、⑤の大麻はAに頼まれて入手したものであって、本件の当日に仕入値と同額の一八万円で同人に譲渡する予定であった旨の供述をしているところ、右は捜査段階及び公判廷を通じて一貫しており、その内容に不自然、不合理な点はない。もっとも、Aは、捜査段階で、被告人に大麻購入を依頼したことは一度もない旨供述しており(Aの検察官調書二通〔検九五、九六〕)、また、関係証拠によれば、Aは本件犯行当時、現金を一万一七一二円しか所持していなかったことが認められるけれども、同人の供述がにわかに信用できないことは前記のとおりであり、また、本件犯行当時同人が一万一七一二円しか持っていなかったとしても、同人がその後に代金額を調達することも考えられ、本件各証拠を精査してもその可能性を否定できないのであって、同人の供述や右事実が、被告人の供述の信用性に影響を与えるものとはいいがたい。そうすると、被告人の右供述を虚偽であると断定することはできず、被告人が⑤の大麻を営利の目的で所持したことについても合理的な疑いを入れる余地があると言わざるを得ず、右営利目的の証明も不十分と言うべきである。

第二  判示第六の事実(平成七年一〇月三〇日付起訴状第二の事実に対応するもの)について

一  本件公訴事実は、「被告人は、平成七年四月一二日午前一〇時九分ころ、大阪市港区弁天一丁目二番一号三井アーバンホテル大阪ベイタワー四七一〇号室において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶約2.720グラム、乾燥大麻約1.146グラム、大麻樹脂約5.031グラム、麻薬であるコカイン塩酸塩約0.941グラムをそれぞれみだりに所持するとともに、営利の目的で、前同様の覚せい剤約20.552グラムをみだりに所持したものである。」というものである。

当裁判所は、被告人が右覚せい剤約20.552グラムを所持したことについて、前記第一と同様に被告人に営利の目的があったとするには合理的な疑いがあると判断してこれを認定しなかったので、以下、その理由について補足して説明することとする。

二  本件覚せい剤、大麻等の所持の状況について

1 被告人は、本件当時テーブル上に、タバコの空箱(司法警察員作成の平成七年五月七日付け写真撮影報告書〔検一四六〕の写真第2号)内とその上の⑥ポリ袋入り覚せい剤一五袋(合計約12.824グラム)(同第1、3ないし16号)、⑦紙包みの覚せい剤一包(約0.067グラム)(同第17号)及び⑧チャック付ポリ袋入り覚せい剤一袋(約2.595グラム)(同18号)を置いていた。

2 また、被告人は、鏡台上のミルキー缶(同19号)内に、⑨チャック付ポリ袋入り覚せい剤二袋(約3.061グラムと約4.667グラムの合計約7.728グラム)(同第20、21号)、⑩チャック付ポリ袋入り大麻樹脂一袋(約5.031グラム)及び⑪チャック付ポリ袋入りコカイン一袋(約0.941グラム)、白紙に包まれた覚せい剤と麻薬の混合物(0.091グラム)を入れていた。

3 更に被告人は、黒色セカンドバック内に、⑫チャック付ポリ袋入り覚せい剤一袋(約0.058グラム)(同第37号)と⑬チャック付ポリ袋入り乾燥大麻二袋(約1.146グラム)を入れていた。

(なお、以下では、右の各薬物を⑥ないし⑬の記号で示すこととする。)

4 ⑥の一五袋はいずれも結晶の粒の細かい覚せい剤が約0.85グラムずつ封入されており、そのポリ袋の形状もほぼ均一である(技術吏員松本文之作成の鑑定書〔検一二二〕、前掲同年五月七日付け写真撮影報告書〔検一四六〕の写真第1、3ないし16号)。

5 ⑨の二袋の覚せい剤はいずれも結晶が小指頭大ほどもあり、また、⑧の覚せい剤は小豆大ほどもある大粒のものであって、他のポリ袋等に入った覚せい剤よりも結晶が明らかに大きい。

6 この他、被告人は、同室内において、注射針一本、ポリ袋入りポリ袋一袋、チャック付ポリ袋入りポリ袋及び筒状ポリ一袋、チャック付ポリ袋入りポリ袋一袋、プラスチック製スプーン二本、はさみ一丁、携帯はさみ一丁、カッターナイフ一丁、計量器一個、ストロー一本等も所持していた。

三  ところで、検察官は、右⑥及び⑨の覚せい剤について、被告人が営利の目的で所持した旨主張するものであるところ⑥の覚せい剤は、一五袋に小分けされたもので、その量は、いずれも約0.85グラムとほぼ均一で、この覚せい剤が入っているポリ袋の形状も同じものであるうえ、被告人は、計量器やスプーン、はさみ、未使用の多数のポリ袋等通常密売人が所持するような小分け道具等を所持しており、事実右⑥の覚せい剤の一五袋は被告人が自分で作ったものであり、さらには⑨の二袋のポリ袋に入った覚せい剤の量はそれぞれ約3.061グラムと約4.667グラムの合計約7.728グラムで他のポリ袋等に入った覚せい剤の量に比べて格段に多く、また、捜査段階の初期に作成された第一の三掲記の被告人の供述調書中にはそこで指摘した各供述記載があるうえ、さらに本件に関して作成された被告人の司法警察員に対する平成七年四月二六日付供述調書(検一六四)中に「私は正直言ってこれまでにシャブを売っておりましたので、全く利益を得ていなかったと言えば嘘になります。」「ただ私は、一グラムにしたパケを客には一万円で売っておりましたので、そのシャブの仕入値が六、〇〇〇円ならば四、〇〇〇円の儲になりますし、仕入値が八、〇〇〇円ならば二、〇〇〇円の儲が一グラム当りの儲になるのです。そして今回の一五袋のパケについて全部売ったとすれば仕入値が一グラム八、〇〇〇円ですので、一万円で売るとして一パケ当り二、〇〇〇円の儲となり、一五袋ですと二、〇〇〇円×一五パケで、三万円になるのです。しかし、これも全部売ればの事で計算上の金額です。」との供述記載もあり、さらには被告人自身、平成六年一〇月以降ホテル住まいを続け、宿泊費や飲食費として一か月約九〇万円を支出し、その他、平成七年一月から三月にかけて、妻に生活費として毎月約三〇万円、衣類代として約五〇万円ないし六〇万円、旅行代金約六〇万円、覚せい剤購入代金として約一〇〇万円等合計で約五三〇万円も支払ったというのに、その間の収入について、被告人は輸入雑貨の販売により一七〇万円ないし二五〇万円、中古車販売の仲介により一〇〇万円、建築工事の仲介により九〇万円ないし一〇〇万円の利益しかなかった旨供述し、しかも、被告人の供述する収入についても、関係者の供述と食い違っていたり裏付けが取れなかったりするものがあり、被告人には未解明の多額に及ぶ収入源があると推測されるのであって、このような本件覚せい剤等の所持の形態や状況に加え、被告人の前記供述、さらには本件当時被告人の出費は多額であるのにその収入がそれに追つかず、また収入に不透明な部分があることを併せ考えると、⑥及び⑨の覚せい剤について営利の目的で所持していたものと考えられなくはない。

しかしながら被告人は公判廷において⑥及び⑨の各覚せい剤の所持について、その営利目的を否定する供述をしているだけではなく、捜査段階における検察官取調べに際しても「営利の目的で持っていたのではない。」「Cに渡したのは買ったままの値段で渡したもので、もうけるつもりで渡してはおりませんので、営利の目的を持っていたのではないのです。特にタダでやったり、私が使ったりするために持っていたものです。」などと供述(被告人の検察官に対する平成七年四月二八日付供述調書、検一七六)し、営利の目的の存在を否定する供述をくり返しているので、以下⑥及び⑨の覚せい剤について、各別に営利目的性の存否について検討することとする。

四  ⑥の覚せい剤所持の営利目的性について

被告人は、Bに無償で譲渡したりCらに原価でわけてやるために覚せい剤を購入し、小分けしたのが⑥の覚せい剤である旨供述するところ、Bは、被告人から、少なくとも、平成七年三月末覚せい剤を無償で注射してもらい、同年四月九日ころにポリ袋に少量入った覚せい剤を、また、同月一二日には粒状の覚せい剤三個をそれぞれ無償で譲り受けた旨供述し、被告人の供述を裏付けるものとなっている。もっとも、被告人は、平成七年四月八日ころ松岡某から一六万円で購入した風袋込みで約二〇グラム(正味の量は一八グラムないし一九グラム)の覚せい剤のうち大粒の覚せい剤(二グラムないし三グラム位)を除いた残りのものを0.85グラム(風袋込みで一グラム)ずつ一八袋に小分けした旨供述しており、右供述によれば、小分けされたこの覚せい剤の仕入れ値は七、五〇〇円位になるところ、関係証拠によれば、被告人は、同月一一日Cに対し、一グラムの覚せい剤(右0.85グラム入りの覚せい剤をいう)二袋を代金一万六〇〇〇円(後払い)で売却していることが認められ、これらによれば、⑥にかかる覚せい剤のポリ袋入り一袋を売却することにより、計算上一〇〇〇円程度の利益が算出されることになるが、右は、利潤を意図して密売がなされた利益としては余りに僅少であるといわなければならず、むしろ、被告人が供述するように有償で譲渡する場合にも仕入れ値で譲渡しようとする意思でいたものの、風袋等の関係で結果的に計算上の利益が出てしまったとも考えられ、もとより右一八袋中には被告人が供述しているように知人に無償で譲渡する予定のものも含まれているのである。また、確かに、被告人の供述を前提にしても、その支出額に見合うだけの収入があったとはいいがたく、まして、その裏付けのとれている被告人の収入ということになると、右支出額には到底及ばないことは前記のとおりであるが、被告人の収入の中には被告人が供述をしないために裏付けのとれない、適法な行為によるものや覚せい剤等の密売以外の違法な行為によるものがあることも考えられるのであって、これを否定する証拠が存しない以上、右支出額と収入額との差額があるからといって直ちに、この差額をもって、被告人が覚せい剤の密売によって利益を挙げていたと断じることはできない。そして、覚せい剤の密売を自認しているとも理解される被告人の前掲記供述もいささか具体性に乏しく、全体に変遷が多くみられ、これを否定する検察官に対する供述調書との対比においても直ちに信用できないことは前記のとおりであって、このことをも考え合わせると、被告人の⑥の覚せい剤についての遊び仲間内の者に無償で譲渡したり購入した原価で譲渡するつもりで所持したことをいう前記供述をあながち排斥することができないものといわなければならない。

そうすると、⑥の覚せい剤を被告人が営利の目的で所持していたとすることには合理的な疑いがあるものといわなければならず、右営利目的の証明は十分とはいえないというべきである。

五  ⑨の覚せい剤の営利目的性について

被告人は、⑨の覚せい剤について、結晶が大粒で珍しかったことから大事にとっていたものでこの結晶のなかから何回も自己使用してきた旨供述しているところ、前記認定事実によれば、右⑨の覚せい剤は、ミルキー缶内に⑩の大麻樹脂や⑪のコカインとともに入っており、これらの大麻樹脂やコカインはその所持の形態や量等から自己使用のために所持していたと考えられ、事実検察官もこれらの大麻樹脂やコカインについて、被告人が営利の目的で所持したとして起訴していないうえ、さらには前記認定のとおり、被告人は、⑨の覚せい剤の他にも、他のポリ袋入り覚せい剤よりも結晶の大きい⑧の覚せい剤も選り分けて所持しており、この覚せい剤について、被告人は大きめの結晶は薬効が高いので特に選別して自己使用分としてこのように袋に入れて所持していた旨供述しており、検察官も、この覚せい剤について、被告人が営利の目的で所持したものとして起訴していないのであって、これらの事実を考え併せると、被告人には他の覚せい剤よりも粒の大きい覚せい剤⑨を同時に粒の大きい覚せい剤⑧とともに自己使用に当てるつもりで選り分けて所持していたものと考えられるのであって、被告人の前記供述をあながち否定することはできない。

そうすると、⑨の覚せい剤を被告人が営利の目的で所持していたとすることにも合理的な疑いがあるものといわなければならず、右営利目的の証明も十分とはいえないというべきである。

第三  判示第三の事実について

弁護人は、判示第三の犯行について、被告人が本件大麻をBに二〇万円で売却し、Bが単独でEに二五万円で右大麻を転売したのであって、被告人とBが共謀してEに二五万円で売却したわけではない旨主張するが、本件関係各証拠によれば、被告人は、Bが他人に譲渡する目的で本件大麻の調達を被告人に依頼していることを知りながら、右大麻を代金二〇万円で仕入れた上、判示第三記載の日時場所において、BがEに本件大麻を代金二五万円で売り渡す現場にも居合わせ、Bが右大麻と引換えにEから受け取った代金二五万円全額を受け取るや、直ちに右現金のうちから仕入値分の二〇万円を抜き取って、その残りをBに返していることが認められ、これらの事実に照すと、被告人はBと共同して本件大麻の譲渡を行い、この代金の中から自己が出費した仕入れ代金分を回収したと認めるのが相当である。したがって、弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一、第四、第五の各所為は、いずれも覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条(判示第五の所為については更に平成七年法律第九一号〔刑法の一部を改正する法律〕附則二条一項本文前段により同法による改正前の刑法六〇条)に、判示第二、第六の各所為のうち、各覚せい剤所持の点はいずれも覚せい剤取締法四一条の二第一項に、各大麻所持の点はいずれも大麻取締法二四条の二第一項刑法六〇条、大麻取締法二四条の二の第一項に、判示第六の所為のうち、麻薬所持の点は麻薬及び向精神薬取締法六六条一項にそれぞれ該当するが、判示第二の覚せい剤所持と大麻所持は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であり、判示第六の覚せい剤所持と大麻所持と麻薬所持は一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるから、いずれも右改正前の刑法五四条一項前段、一〇条により、第二については重い、第六については最も重い覚せい剤取締法違反の罪の刑で処断することとし、以上は右改正前の刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第六の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二六〇日を右刑に算入することとし、押収してあるチャック付きポリ袋入り覚せい剤四袋(平成七年押第八九七号の1、2、8、9)及びポリ袋入り覚せい剤五袋(同号の3ないし7)は判示第二の覚せい剤取締法違反の罪に係る覚せい剤であり、押収してあるポリ袋入り覚せい剤一五袋(同号の13ないし27)、メモ紙包みの覚せい剤一包(同号の28)及びチャック付きポリ袋入り覚せい剤四袋(同号の29ないし31、34)は、判示第六の覚せい剤取締法違反の罪に係る覚せい剤であって、いずれも犯人である被告人の所有するものであるから、同法四一条の八第一項本文によりこれらを没収し、押収してあるチャック付ポリ袋入り乾燥大麻三袋(同号の10ないし12)は判示第二の大麻取締法違反の罪に係る大麻であり、押収してあるチャック付きポリ袋入り大麻一袋(同号の32)及びチャック付きポリ袋入り大麻樹脂一袋(同号の33)は判示第六の大麻取締法違反罪に係る大麻であって、いずれも犯人である被告人の所有するものであるから、同法二四条の五第一項本文によりこれらを没収し、押収してあるチャック付きポリ袋入りコカイン一袋(同号の35)は判示第六の麻薬及び向精神薬取締法違反の罪に係る麻薬で犯人である被告人の所有するものであるから、同法六九条の三第一項本文によりこれを没収し、判示第三の犯行により犯人である被告人らが得た金二五万円の現金は国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律一四条一項一号の不法収益に該当するが、没収することができないので、同法一七条一項を適用してその価額を被告人から追徴することとする。

(量刑の理由)

本件は、覚せい剤や乾燥大麻等の単純目的所持の事案二件(判示第二、第六の各犯行)、覚せい剤使用事案三件(判示第一、第四、第五の各犯行)、大麻の単純目的譲渡の事案一件(判示第三の犯行)の合計六件の事案であるところ、右所持の犯行にかかる覚せい剤の総量は約三三グラム、乾燥大麻の総量は約一〇四グラムと相当多量である上、被告人はこの他に大麻樹脂やコカインも所持していること、しかも、被告人は普段から覚せい剤や大麻をほぼ毎日のように常用し、挙げ句に本件覚せい剤の自己使用の各犯行に及んでいるものであって被告人の薬物に対する親和性や依存性は相当根深いものがあること、更に覚せい剤を共犯者に注射してやったり、大麻を他人に譲渡する等薬物の害悪を第三者にまで拡散させていること等の事情に照らすと、犯情は悪質であって被告人の刑事責任は重大である。

しかしながら、他方で、被告人は本件を十分に反省し、今後二度と覚せい剤や大麻等の薬物に手を染めない旨誓約して更生の意欲を示していること、被告人の妹も公判廷において被告人の更生に助力する旨誓っていること、被告人には交通罰金前科一犯の他には前科がないこと等被告人にとって有利な事情も認められる。

そこで、これらの事情を総合考慮した上、主文掲記の刑を量定した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口敬一 裁判官 奥田哲也 裁判官 植村幹男は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 谷口敬一)

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